機能的疾患
機能的疾患は、パーキンソン病、本態性振戦、ジストニアなどの不随意運動、脳卒中後疼痛、幻肢痛、脊髄手術後の疼痛などの難治性の痛み(神経障害性疼痛)、脳卒中後の痙縮、顔⾯けいれんなどの疾患を扱う分野です。これらの病気は、脳や脊髄などの神経での情報のやりとりがうまくできなくなったためにおこります。神経は情報のやりとりの多くを電気的な信号を使って⾏っています。そのため脳や脊髄を弱い電気で刺激したり、磁気で刺激したりすることによって、情報のやりとりのバランスを取り直し、症状を改善できる場合があります。このような治療を ニューロモデュレーションと呼びます。
機能神経外科グループでは、これらの診療を通じて病態の解明や新規治療法の開発を行っております。
機能的疾患の治療
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A
脳脊髄刺激療法
不随意運動症に対する治療
機能的疾患の中でも、視床や視床下核などの脳の中⼼に位置する構造物を電気刺激して疾病の治療を⾏うテクニックを、脳深部刺激療法 (Deep Brain Stimulation: DBS)といいます。DBSは、「定位脳⼿術」と呼ばれる⼿術法で脳の中⼼付近に直径1ミリ程度の細くて柔らかい電極を挿⼊し、脳の特定の部位を電気刺激します。この電極は胸部の⽪下に植え込んだ刺激装置に接続します。刺激システムは完全に⽪下に植え込まれるため外部からは⽬⽴たず、刺激をしたままで⼊浴も可能です。不整脈の治療に⽤いる⼼臓ペースメーカーと同じような装置で脳を刺激していると考えるとわかりやすいかもしれません。脳深部刺激療法のよい適応として、パーキンソン病、筋⾁の緊張の異常(ジストニア)、⼿⾜のふるえ(振戦)などの不随意運動症があげられます。
この治療法は、⽇本⼤学脳神経外科によって⽇本にはじめて導⼊されました。当施設は過去40年以上にわたって脳深部刺激療法の研究・開発に携わり、国内で最多の⼿術件数と最⾼レベルの治療実績を有しています。また、当施設での脳深部刺激療法に関する研究成果は海外でも⾼い評価を受けており、この分野における世界的な先駆的施設としての地位を確立しています。日本大学医学部附属板橋病院は 機能的定位脳手術認定施設です。
難治性疼痛に対する治療
脳卒中後の疼痛や、四肢切断後に生じる慢性的な痛み(幻肢痛)、脊髄手術後の疼痛などのうち、薬物療法で治療効果が不十分な難治性の痛みに対して、脊髄の近くに電極を挿入して電気刺激することで痛みの軽減を図る治療方法を、脊髄刺激療法(Spinal Cord Stimulation: SCS)といいます。SCSもDBSと同様に、腹部または臀部に植え込んだ刺激装置に接続し、患者さん自身が刺激の強さなどを調整して痛みをコントロールしていきます。
磁気刺激療法
我々の施設では、難治性の痛みや運動障害に対する経頭蓋磁気刺激療法の研究も行っています。経頭蓋磁気刺激とは、磁気の力を使って脳を刺激する方法です。非侵襲敵な方法なので、手術をしたり針を体に刺したりすることなく行うことができます。刺激は写真のように座った状態でコイルを頭に当てて行います。我々の施設では末梢神経の刺激を組み合わせた方法も取り入れています。こうした方法を1〜2週間に1回30分程度行います。これまでの研究から、脳血管障害後に発生し、お薬でよくならない痛みや運動の障害に効果のあることが明らかになりつつあります。
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B
その他の治療
脳卒中後痙縮、顔面けいれん等に対する治療(ボトックス)
脳卒中後の後遺症に、手足のつっぱりにより服を着替えるのが困難であることや、手指が握ったままの状態となり手を洗うのに苦労するなど、日常生活の負担となる痙縮と呼ばれる症状があります。また、まぶた(瞼)や顔面のピクつき(眼瞼けいれん、片側顔面けいれん)や、首が異常に曲がってしまう(痙性斜頸)など、いずれも筋肉の異常な収縮が起こる疾患があります。これらに対してボツリヌス毒素を注入して症状の改善を図る治療法があります。ボツリヌス毒素は筋肉を数か月の間麻痺させることのできる薬剤です。当科ではこれらの治療に、必要に応じて筋電計を使用して的確な部位に施注しております。
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C
手術支援
術中脳神経モニタリング
脳神経外科の手術では術後合併症を防ぐため、手術中に様々な電気生理学的マッピング・モニタリング法が用いられます。言語野や運動野といった脳の重要な機能の部位を確認(マッピング)し、その機能が手術操作により障害されていないかを監視(モニタリング)し、不可逆的損傷を受ける前に回避するという役割を担っております。
脳神経モニタリングは、脳から頭頸部に分布する神経そのものを電気刺激し、筋電図を記録します。運動機能は、脳表や脳内(皮質下)を電気刺激し、四肢の筋電図や脊髄硬膜外腔より電位を記録しマッピング・モニタリングを行います。
脳神経外科手術において脳表を刺激し脊髄硬膜外より電位(D-wave)を記録するモニタリング方法は、日本大学脳神経外科で開発されました。術中マッピング・モニタリングの講習会等を多数開催し、この分野の普及に努めております。
言語機能は全身麻酔下の手術で確認することは不可能であり、手術中に麻酔を覚まし、覚醒下に脳を電気刺激して、言語機能を観察しながら手術を行う「覚醒下脳手術」が必要となります。日本大学医学部附属板橋病院は覚醒下脳手術認定施設であり、神経麻酔を専門とする麻酔科医や言語聴覚士の協力により実施しております。
機能的疾患の研究
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A
脳内活動電位記録(マイクロレコーディング)の分析
DBS手術では、脳深部刺激電極を留置する脳の構造を同定するために微小電極による脳内活動電位記録(マイクロレコーディング)が行われます。記録された活動電位を分析して、脳の機能や、病態を解明する手がかりとする研究を行っています。
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B
機能画像解析
脳神経外科の診療では磁気共鳴画像(Magnetic Resonance Imaging: MRI)をよく用いていますが、これらの画像から通常の診療で用いられる情報以上の、病態の解明につながる情報を得る取り組みを行っております。形態画像よりVoxel Based Morphometry: VBMの手法で脳の微細な構造の差異を検出したり、機能画像より機能的MRI(functional MRI: fMRI)や拡散テンソル画像(Diffusion Tensor Imaging: DTI)の手法で脳活動の差異や、活動している脳部位の機能的結合状態を検出する研究を行っております。また、画像や神経活動の記録、臨床情報を深層学習(Deep Learning)の手法を用いて解読する取り組みも行っております。